8月の下旬、わたしの実家に帰省しました。
1年ぶりのふるさとは、山がきれいで、空気が澄んでいて、人が少なくて、食べものが美味しくて、とてもよいひとときを過ごすことができました。
今回は、わたしの食のルーツである地元の写真を中心に、感じたことなどを書きたいと思います。

今住んでいるところから私の実家まで、玄関から玄関まで7時間ほどかかります。
朝に家を出て、実家についたのは夕方。
母が用意してくれていた夜ごはんはこちら。

メインはオクラの肉巻き。
副菜として、茹でかぼちゃ、つるむらさきのお浸し(茹でたものに醤油をかけて食べる)、枝豆、トマト。
昔ながらの食卓には欠かせない漬物。
子ども用におにぎり。
写真はないですが、味噌汁も。
実家で母の料理を食べると、「そうだった、いつもこんなにたくさんの野菜を食べていたんだった」と、思い出します。
枝豆とつるむらさきは母が畑で作ったもの。
写真が切れてしまっていますが、人参の漬物の横には、同じ床で漬けた大根、きゅうりの漬物もあります。
これは父が、おからをベースにした漬け床で作った漬物。
かぼちゃは知り合いからのいただきもの、ミニトマトは近所の直売所で買ったもの。
よく見ると、ミニトマトは面白い形をしていて、丸い形のミニトマトとはまた違った味で美味しい。
どの野菜も近所で採れたもので、わたしは家を出るまで毎日ずっと、こんな感じの食卓を囲んでいたのでした。
久々に母の手料理をいただき、「わたしも食卓にもっと野菜を出そう」と思いました。

直売所で人気のソフトクリーム。
こちらで、卵も乳製品も使わないアイスクリームのレシピをご紹介していますが、生クリームたっぷりのソフトクリームはやっぱりおいしい。
子どもたちと一緒に、おいしくいただきました。

その直売所には、両親もお米や野菜を卸しています。
いんげんは、重さを量って透明な袋に入れ、販売用のシールを貼っていきます。
毎日たくさんのいんげんが採れるので、収穫が大変だと母。

こちらは自家用のピーマンとオクラ。
大きくなりすぎたオクラは取り除いて、仕分けをします。
いつも何かしらの野菜が採れるので、家で食べる野菜には困りません。
わたしが子どものときも、いつも収穫された旬の野菜が台所にたくさんあったことを思い出しました。

実家には、井戸水もあります。
わたしが小さい頃は、ここで水遊びをしたり、野菜を洗ったり、スイカを冷やしたりしていました。
夏の井戸水は冷たくて、いい気持ち。
こんなにきれいな水が豊富に出てくる日本って、本当にいい国だなと思います。

そして、そんな井戸水で泳いでいるのは、ドジョウ。
父が田んぼの横から捕ってきたドジョウです。
タモを使って、そんなに時間をかけずとも、こんなにたくさんのドジョウが捕れるのだそうです。
初めてみるドジョウに、子どもたちは大興奮。
ドジョウのそばから離れず、ずっとドジョウと戯れていました。
このドジョウは、父が夕食の唐揚げにしてくれました。
自分で捕ってきたものを料理して食べる。
子どもにとって、最高の食育だなと感じました。
たくさん捕れたので、ドジョウが好きな近所の方にもおすそ分け。
そして、たまたま夜に来てくれた親戚のおじさんにも、ドジョウの唐揚げをおすそ分け。
田舎には、こうして気軽におすそ分けする文化が残っています。

実家の庭から見上げた朝の空。
高い建物がないので、空が広い。

海にも行きました。
曇りだったからか、「波の音が怖い…」と上の子。
波の音って、癒し効果があるはずなのですが…。
自然に癒やされるだけでなく、自然の力や畏れも感じることができました。

波の音を聞きながらの貝殻拾い。
わたしが小さいときも、両親が海に連れて行ってくれて、海に入ったり、貝殻を拾ったりしていました。
「これって、貝の身が入ってるの?」と末っ子。
家に帰ってから、穴が開いている貝殻を使って、ブレスレットを作りました。
最後に、わたしの実家の写真を何枚か。
わたしの実家は、築70年以上の木造日本家屋です。
こんな座敷があって、わたしが小さい頃は、お盆やお正月になると、この座敷に親戚が泊まっていました。

泊まりにくる親戚の人数は、かなりの数です。
客用の料理や布団を準備するのは、とても大変だっただろうなと、大人になった今しみじみと感じます。
そして、わたしを含めたきょうだいは皆、たくさんの料理を準備する母や祖母の手伝いをよくしていました。
大勢が泊まりに来るので、料理もかなりの品数と量です。
そんな様子を見ていたからこそ、子どもながらにも自然と、「お手伝いして助けたい」という気持ちがあったのかなと思います。
母は、手伝いに来る子どもたちを邪険にすることなく、「ありがとう、助かる」と言ってくれ、わたしたちは役に立つといううれしさを感じながらお手伝いをしていました。

木の廊下に面した、大きなガラス戸。
木の敷居に、網戸はありません。
夏は、ここの戸と反対側の窓を開けて、風が通るようにしていました。
網戸がないので、夜は当然蚊が入ってきますが、蚊取り線香で対処していました。
そういえば、わたしが小さかった頃は、子どもがこのガラス戸から外に落ちないように、木の柵が取り付けられていました。
夏の夜、窓を開け放ち、蚊取り線香を炊きながら、茶の間でスイカを食べていたことを思い出します。

田舎の夏の終わり。
空には鱗雲が広がり、秋の気配も感じました。
帰れる場所があるって、ありがたいことですね。
日々、都市での暮らしが当たり前になっていますが、たまに実家に帰ると、時間の流れがゆっくりになります。
おいしい水、広い空、家の畑で採れる野菜、すぐ近くにある山や海。
「こんなふうに暮らしても、いいんだ」と、少し肩の力を抜くことができるのです。
忙しい毎日を過ごしていると、目の前のことに対処するだけで精一杯になり、近視眼的になってしまうことがあります。
でも、たまにいつもの生活を離れる機会があると、自分を遠くから見つめるきっかけにもなり、普段悩んでいることも「実はそんなに大したことじゃないかもしれないな」と思えたりします。
よし、明日からの日常もまたがんばろう!と思えた帰省となりました。
皆さんの夏休みは、いかがでしたか😊
