わたしのこと
わたしは、三人の子どもを育てながら働く会社員です。
大学で食物栄養学を専攻し、管理栄養士の資格を取得しました。
医療機関や施設で勤務した経験はありませんが、栄養学の知識を土台に、家庭で実践できる形へ落とし込みながら、日々の食卓と向き合っています。
2026年現在、上の二人は小学生、末っ子は未就学児。
朝はあわただしく、夜はあっという間に過ぎていきます。
それでも、一日の終わりに台所に立つ時間は、どこかほっとする時間でもあります。
「食」の原点になっているもの
わたしは、自然豊かな田舎の農家で育ちました。
家では、両親と祖父母がお米や野菜を作ってくれ、食卓にはいつも旬の野菜が並んでいました。
お肉やお魚、大豆製品はお店から買っていましたが、お米と野菜はほぼ自給自足の生活だったと思います。
家の裏には畑が広がり、ブドウや柿、いちじくなどの果樹もありました。
畑にはその季節の野菜が実り、夏は外で遊んでいる最中に畑でトマトやきゅうりをもいで食べたり、秋は手が届くブドウの木からブドウを取って食べたり。
小さいころはニワトリも飼っていて、朝、小屋に卵を取りに行って、産みたての卵を食べるのが日常でした。
家の裏には、米蔵と味噌蔵があり、お米や味噌はそこで保存していました。
蔵に入ったときの独特の香りを、今でも覚えています。
漬物も、もちろん自作。
初夏には梅干し作りが始まり、日に日に赤くなっていく梅干しを見ながら、まだ完全にできていない梅干しをつまんでいました。
秋には、祖母が干し柿作りを始めます。
家の中で一番雨の当たりにくい、わたしの部屋の軒下が、干し柿が吊るされる場所。
皮をむいた柿をひとつひとつ交互に紐にくくりつけて、それをきれいに並べて吊るすと、まるでカーテンのようでした。
皮をむかれたオレンジ色の柿が、水分が抜けてだんだん小さくなり、糖分が凝縮されて色が変わっていく様子を、秋の季節は部屋から眺めていました。
年末は、家族みんなでお餅つき。
なんと、臼と杵で餅つきをしていました!
もち米を庭で蒸して、祖父と父が交互で餅をつき、祖母と母が餅の返しを担当。
餅がつきあがると、みんなでせっせと餅を丸めました。
餅丸めは時間が勝負なので、子どもも大事な担い手なのです。
砂糖と醤油を混ぜた「さとうじょうゆ」に、できたてのお餅をちょっと浸して食べるのは、格別でした。
祖父母と一緒に暮らしていたこともあり、食事はほぼ毎日和食。
たまのお出かけの際は、普段は食べられないグラタンやピザを注文していたことを、今でも覚えています。
特別なものではなく、そのときにあるものを、食べる日々。
いつも自家栽培の旬の野菜を食べ、季節の保存食も手作りで、食卓に加工食品が上ることはほぼありませんでした。
今考えると、なんて贅沢な子ども時代を過ごしていたのだろうと思います。
でも、両親は食について厳しいということはなく、わたしは、あまり体によくなさそうな着色されたお菓子も買って食べていました。
今振り返ると、あの頃の食卓が、わたしの「食」への考え方の土台になっていると感じます。
台所からはじまった「食」への想い
そんな環境で育ったわたしは、子どものころから台所が好きでした。
立ち上る湯気に、刻まれる包丁の音。
旬の野菜がたくさん入った籠。
味見をさせてもらう、小さな楽しみ。
台所でしかできない、母とのおしゃべり。
そして、レシピ本を広げて、ひとりで作ったお菓子。
夕食作りを任されて、ドキドキしながら作った日。
あの時間の記憶は、今もわたしの中に残っています。
そして、母がよく台所で言っていたのです。
「今の体は、10年前に食べたものでできているんだよ」と。
子どものころは、特に意識もせず受け流していた言葉ですが、自分が子育てをしている今、その意味がよく分かります。
子育てのなかで、もう一度「食」と向き合う
わたしが作った離乳食を食べて、日に日に大きくなる赤ちゃん。
わたしが作ったごはんで、どんどん成長していく子どもたち。
人って、本当に食べたもので大きくなるんだ!と、子どもが生まれてからはますます実感しています。
当たり前のことなのですが、あまりにも当たり前すぎて、忙しい日々の中では忘れてしまいがちかもしれません。
「食べること」は、ただお腹を満たすためではなく、わたしたちの体や健康をつくり、子どもたちの未来につながるものなのだということを。
でも、小さな子どもを育てながら、毎日栄養バランスのよい食事を用意するのは、本当に大変です。
「ちゃんと栄養をとってほしい」
「できれば手作りで、安心できるものを食べさせたい」
そう思いながらも、理想どおりにいかない日もあります。
わが家でも、お惣菜に頼る日もあれば、冷蔵庫にあるものでなんとか乗り切る日もあります。
それでもできる範囲で、
- 朝ごはんを一口でも食べる
- 味噌汁を用意する
- 果物を出す
など、小さなことでも、毎食の積み重ねが大事だと思っています。
学んだ栄養学を、完璧な食事を目指すためではなく、現在の家庭で続けられる形にすること。
それが、今のわたしのテーマです。
そして、わたしの子ども時代の食経験を、少しでも子どもたちに伝えていくこと。
今は都会で暮らしているので、さすがにニワトリを飼うことはできませんが、旬の野菜を近所の農家さんから買ったり、簡単な漬物や干し柿を作ったり、できることから少しずつ取り入れています。
「子どもは食事を選べない」
これは、わたしの父の言葉です。
子どもが食べる食事は、親であるわたしたちにゆだねられています。
この言葉も忘れずに、日々、子どもたちにごはんを作っています。
このブログで大切にしていること
このブログでは、
- 管理栄養士の知識をベースにした栄養のはなし
- 子どもが食べやすい工夫
- 忙しい日でも作れる簡単レシピ
- 次の世代に伝えたい日本食
などをつづっていきたいと思います。
難しいことではなく、今日の食卓でできる、ほんの少しの工夫を。
忙しい毎日を過ごす家庭の食卓に、ほんの少しの安心を。
完璧じゃなくていい。
できる日も、できない日もある。
それでも、小さな積み重ねは、きっと未来につながっていく。
わたしにとって食事を整えることは、まずは自分や家族のためのもの。
でも、その積み重ねをこのブログで共有することで、誰かの安心につながるなら、これほどうれしいことはありません。
そして、このブログに載せている写真は、すべてわたしが撮ったものです。
きれいな写真ばかりではありませんが、小さな子どもがいる日常の一コマとして、お楽しみいただければ幸いです。
サリー