「今日は夕食があるから、家に帰ろう」と思える場所

青空を背景に、下から見上げた紅葉 Journal

10月に入ってから、真ん中の子が急に、週末にお友達と約束をして出かけるようになりました。
それまでは、週末になると家族みんなで公園に出かけることが多かったわが家。
先週まで一緒に出かけていたのに、急に子どもだけで遊ぶ約束をするようになって、少し戸惑っています。

もちろん、成長しているんだな、とうれしくもあります。
これから少しずつ、家族よりもお友達と過ごす時間が増えていくのかもしれません。
そんなことを考えていたら、ふと、昔の出来事を思い出しました。

 15年近く前に聞いた、ある会話

今から15年ほど前のことです。
街で信号待ちをしていたとき、目の前にいた若い男の子2人が、こんな会話をしていました。

「今日、夜ご飯食べに行こうよ」
「え、今日ですか?」
「いいじゃん、行こうよ」
「えぇー……。いやですよ、家にご飯あるし(笑)」

たしか、こんなやりとりだったと思います。
2人の関係はよくわかりませんが、誘っているほうが先輩で、誘われているほうが後輩のようでした。

そのときのわたしは、目の前で繰り広げられる会話がおかしくて、こっそり笑っていました。
せっかく誘ってもらったのに、家にごはんがあるから行きたくないなんて。
そのくらい、家での夕食が当たり前だったのでしょうか。

「家にごはんがある」ということ

そのときは、ただおもしろい会話だなと思っただけでした。
でも、今になって思うのです。

あの男の子の家では、きっと毎日、夕食が用意されていたのでしょう。
家に帰れば、ごはんがある。
家族と一緒に食べる、いつもの食卓がある。

それが、その男の子にとっては、ごく自然な日常だったのかもしれません。

特別なごちそうが待っていたわけではなくても、わざわざ外で食べるより、家に帰ってごはんを食べたいと思った。
そんな何気ない選択が、今のわたしには、なんだかいいなと思えるのです。

いつか、子どもたちも大きくなる

今はまだ、週末に家族で出かけることも多いわが家。
でも、これから子どもたちは、どんどん自分の世界を広げていくのでしょう。

お友達と遊んだり、一緒にごはんを食べに行ったり。
いつか家を出て、自分の暮らしを持つ日も来るかもしれません。
もちろん、大人になっても家にいるかもしれませんが(笑)

木漏れ日が差し込む芝生の上に置かれたバスケットボール

どちらにしても、今のように家族5人で食卓を囲む時間は、少しずつ変わっていくのだと思います。

そう考えると、ちょっと寂しい気もします。
でも、子どもたちが自分の世界を広げていくことは、うれしいことでもあります。
だからこそ、これからも家でのごはんを、わが家の日常として大切にしていきたいと思いました。

帰りたくなる食卓でありたい

毎日、手の込んだ料理を作れるわけではありません。
疲れている日は、簡単なごはんで済ませることもあります。

それでも、いつもの味噌汁とごはんがあって、家族で食卓を囲む。
そんな何気ない日々も、子どもたちの暮らしの一部になっていくことでしょう。

いつか子どもたちが大きくなって、友達とごはんを食べに行ったり、自分の暮らしを持ったりする日が来る。
それでも、ふと「今日は家でごはんを食べようかな」と思ってくれたら、うれしい。

特別なごちそうじゃなくてもいい。
いつもの味噌汁と、ごはんと、おかず。
そんな何気ない食卓が、いつか子どもたちの中に、帰りたくなる場所の記憶として残っていたらいいなと思います。

 落ち葉が散った道に木の影と陽の光が差し込む秋の風景
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